とある獣医学徒の寝言

好きなものを垂れ流します

2年ぶりの有観客ライブ参加「寺嶋由芙生誕ライブ2022〜わたしより張り切っている横顔に祝われながら夏がはじまる〜」

感染症拡大等諸々の事情によりまったく行けていなかった有観客ライブに2年以上ぶりに行ってきた。7月10日にTOKYO FMホールで開催された「寺嶋由芙生誕ライブ2022〜わたしより張り切っている横顔に祝われながら夏がはじまる〜」だ。

久々すぎてあまりにも色々な感情が呼び起こされてしまったので、感情の揺れによる曖昧な記憶も多いながらも、セットリストをなぞりながらぬるいヲタクの自分語り備忘録を残したい。

 

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この2年で私の生活もガラリと変わってしまい、不要不急の娯楽やハレの日の楽しみが失われるのと同時に、ちょうど仕事(に類するもの)のしんどさも相まって憂鬱な日々が続くことが増えてしまい、近年のゆふさん情報はほとんど追えていなかった。

それでも推しの誕生日はしかと覚えている。

もちろん生誕ライブが行われるであろうことも。

一昨年ないし去年は配信で観賞していたが、ついに今年は状況的にもいけるかも、どうにか予定もつきそうだ、となったところでソールドアウトも迫り、急いでチケットを購入した。

 

そして当日、真面目なアイドルの真面目なヲタクは投票に行き、その後やるべきことを片付けていたらあっという間に開場時間が近づいてしまい、慌てて会場へ。

久々の現場は緊張して、何をどうしていたかもあやふやだったが、いそいそと物販に並んだあと、会場限定「ゆふ試験2022」をせっせと解き、おずおずとフィルムステッカーをもらったら、大人しく着席してTwitterを見続けた(きっと2年前もこうしていた)。

 

やがてBGMが消え、会場の雰囲気が否応なしに変わる。

会場中が息を呑むような。

この雰囲気を肌で感じられる瞬間を2年間、待ち侘びていた。

 

久しぶりに生で見るゆふさんは、僕の記憶にある姿と変わらず、ステージ上でたくさんの視線を集め、一際輝いていた。

 

すらっとした長い手足の映える振り付けとともに、1曲目は「恋の大三角関係」。制服!灯台!ムー!リリイベでとっさに自前のノートを取り出して撮った制服ゆっふぃーとのチェキ!記憶が一気になだれ込んでくる。楽曲はその当時の記憶を鮮明に呼び起こす優秀な記憶装置の役割も持っていると常々思っていて、最近の憂鬱な日常に飲み込まれていた私の奥底に眠っていた、なんとか都合をつけてゆっふぃーのリリイベやライブに行く、そのために日々を奮闘していた、生き生きとしていた時の私を、一曲目から引きずり出してくれる。

続く特徴的な歌詞が好きな「冬みたい、夏なのに。」を聴きながら、お、これは夏曲コーナーかな?と思い至ると、「カンパニュラの憂鬱」で、体に染み付いた振りコピがまだまだ消えてないことに気づいて、一人ニヤニヤしてしまった。初めてライブで聴いた時、間奏のゆるサークルモッシュ?の時にどうしていいかわからなくて立ち尽くした思い出も頭をよぎる。
「わたしを旅行につれてって」は、当時話題となった旅行男という名詞とともに、海外に行っていて推し始めて初の生誕ライブに参加できなかった無念さが、夏そのものを具現化したような爽やかな青の衣装のゆふさんとともに思い出された。
 
椅子(カデちゃん)が登場して、これは、と思うと手には赤い一冊の本。背後のスクリーンには本のページを捲るように歌詞が映り、「仮縫いのドレス」。改めて歌詞を噛みしめながら聴いていると、その中の一節にはっと気付かされた。
”だけど思い出は帰る場所じゃない 明日へ行くためのそれは道しるべ”
実際私は、ライブが始まってから、曲にまつわる思い出を掘り起こしては、その当時の自身の活力だとか、あるいは世の中がまとっていた空気感だとか、どこか勝手に今や失われたと思い込んでいるものを懐かしんで、羨んで、そして諦めに似たような気持ちとともに飲み込んでいた。でもそれはきっと間違っている。
思い出は大切にしておけばいい、でもそれに縋って、振り返ってばかりで、失ったものを数えていても何も起きない。思い出は大切にしながらも、きっとそれらを先を照らす灯りに変えて、これからの未来を進んでいくのだと、推しの真っ直ぐで透き通った声に教えられた。胸がつまった。
「Last Cinderella」はどこか衝撃を引きずりながら聴いていたけれど、椅子を持ち上げくるくる回るゆふさんがしなやかで、とても素敵で、目の前のパフォーマンスへの集中を欠いたことを誰にともなく恥じた。
「君にトロピタイナ」そして「Best Honey」。このブロックは全体的に大人の階段を登るゆふさんの大人っぽい魅力が詰まっていたような気がする。トロピタイナのクラップは、声が出せない現状でも会場の一体感を感じられて良かったし、Best Honeyは”最低で最高なHoney”の歌い方が好きでたまらない。
 
そろそろ体動かしたくない?ブロックは「夏'n ON-DO」から。不意に後ろから法被を着た人が現れてヲタクの演出かなと一瞬思ってしまったが、スタッフさん達の盛り上げ隊で、ライブのエンタメ性がより一層高まったのを感じた。その場を共有している人々の盛り上がりを感じ、共鳴するように自分も感情が一層昂っていく、やはりライブはいいなと思う。
そのままステージ上に男性ダンサー2人を残して「いい女をよろしく」。ステージにゆるキャラが上がっている時よりも絵面がシュールに感じてしまったのは私だけだろうか。見たことのない取り合わせに戸惑いながらも、人間のダンサーだからこそできるフリの組み合わせがとても良かった(寿司とか特に)。間奏部分では、ダンサーとゆふさんの煽りに合わせて、前日に運動不足が祟って突然痛めた肩の様子を窺いながら腕を動かした。ちょうど良いリハビリになったかもしれない。
「ラブ*ソング」は私がいろいろ無理になってしまっていた直近のリリース曲で、申し訳ないことにあまりカバーできていなかったのだが、ゆふさんの推しへの気持ちが詰まった曲であることがひしひしと伝わってきた。背後に映るダンス動画や、前日のバスツアーでの動画で、私が勝手に見知った気になっていたりする愉快なゆふぃすとの皆様も拝見できた。
 
「101回目のファーストキス」、それから「初恋のシルエット」は、私の中でもスッと耳に馴染む完璧な定番曲でありながら、背景の学校の描写からか、今までよりも鮮明に、歌詞が示す情景と自らの青春の記憶がリンクして呼び起こされ、懐かしさや切なさがマシマシになって込み上げた。そこで「好きがはじける」である。大好きな「好きがシリーズ」の中でも一段と好きな曲で、私の感情はまたグッと上がる。特に間奏のギターソロからの早口のCメロ部分が好きなので、ノリノリで聴いていたのだが、突然音が止まった。まさにぽかんという音が聞こえてきそうな会場の空気にゆふさんは悪戯っぽく笑うと、マイクを下ろして生声で歌い始めた。会場中に響き渡った歌声と心に迫る”キミが好き”は、ゆふさんのゆふぃすとを思う気持ちの結晶だったのかもしれない。今日ここにいれて良かったと、心の底から思った。
続く「ねらいうち」でテンションは最高潮に。つい出したくなってしまう声を必死で抑えながら、クラップでmixを表現するゆふぃすとのみなさまに倣ってクラップ。声を出せないなら出せないなりに盛り上げる形がしっかり進化していて、こういった皆様のおかげでこの2年あまりの現場が守られていたんだと思うと脱帽。からの「好きがこぼれる」はもう興奮しすぎて。僕自身、身勝手ながら心のどこかで、居続けてくれることに勝手に安心したりあるいは慢心したりしてしまっているかもしれないけど、色々な世の中の移り変わりがあっても、ゆふさんはいつだって”わたしはここにいるでしょ”と歌い続けてくれていて、こうしてパフォーマンスを届け続けてくれる、こんな素敵な空間を作り続けてくれることは本当にすごいことで、改めて感謝だよなあ、と思う。
 
「わたしになる」は自分が初めてリリイベに行った時の曲であり、思い入れもいっそう強い曲。久しぶりでもやっぱり振りはしっかり覚えていて、この曲を私のゆふぃすととしての始まりの曲として、ここまで歩んできたのだと思うとやはり込み上げるものがある。
そんなことを思いながらの「#ゆーふらいとⅡ」、曲自体が圧倒的ゆふぃすとに向けられた曲だと思っているのだが、今回そんな曲とともに背景に映ったのはゆふさん作の短歌。ゆふぃすとに向けた短歌からは、会場にいる、応援している一人ひとりを大切に思う気持ちがまっすぐ伝わってくる。当たり前のことだけれど、今ここに集まっている人たちには普段それぞれの暮らしがあって、共有するのは今この瞬間だけに過ぎなくて、アイドルとその観客という関係性は儚い。儚いながらも、その関係性だからこそ生まれる物語があって、ゆふさんはそれをまるっと包み込んで大切にしていることがわかる。ゆふさんがゆふぃすと一人ひとりと、ゆふぃすと一人ひとりがゆふさんともつ記憶を、ゆふさんは大切に31文字へ落とし込んでいて、それはゆふさんが変わらずにいながら、新たな表現を磨いて前向きに変わっていっていることの証左であって、振りコピやらクラップやらを忘れてしまうほど突き刺さるものであった。
「愛ならプロペラ」は「ラブ*ソング」同様あまりカバーできていなかったのだが、ライブで聴いてすっかり虜になってしまい、帰宅後も何度も繰り返し聴いてしまった。作詞が「仮縫いのドレス」と同じ松井五郎さんというのを確認して納得、言葉の力が強い素敵な曲だと思う。
本編の締めは「サバイバル・レディ」。撮影可能タイムということで、ステージを降りて客席の間を練り歩きながらのパフォーマンス。コロナ禍以降会場の関係などからなかなか客席を歩くことも叶わなくて、やっとできるようになったとのこと。私も例に漏れず(?)、あまり上手に撮影できなかったのだが、これはこれで自分自身で大切に持っておこうと思う。今年も、これから先も、アイドルとしてサバイブしていく決意も感じられるようなパフォーマンスとともに本編終了。同時にアンコールの拍手が会場中に鳴り響いた。
 
暗転中にアコースティックギターがスタンバイされ、まさか推しがギターを習得したのか?などと混乱してしまったのだが、アンコールは宮野弦士さんと登場。菅原都々子さん衣装のリメイクだという緑の衣装のまた似合うこと。しっとりとした品を感じさせるとともにアイドルとしての華やかさも備えていて。
アンコール1曲目は「あたらしいわたし」。宮野さんの小気味良いストロークでかき鳴らされるアコギに乗せた歌唱には、生演奏と共に歌う時ならではの間の取り方や、リズム感みたいなものがあるような気がして、そしてなにより演奏者と目を合わせて意思疎通を図る感じはやはり生演奏ならではの素敵ポイントだと思っている。キーボードとともに披露された「君も好きだったんだね、夏」は宮野さんの綺麗な運指にも目を奪われながらも、毎回"潮風、麦わら、なびく髪"の流れるような振りが可愛らしくてすごく素敵で、ついそのフレーズを待ち侘びてしまう。また、曲調だけで夏を思わせるあの感じは、どうして生まれるのだろうといつも思う。
 
ダブルアンコールも宮野さんとともに、7月10日は日曜日。ということでもちろん最後は「ぼくらの日曜日」。今年5月に閉店してしまったタワレコ吉祥寺でのリリイベで初めて聞いた時の感動が蘇る。簡単に人と会うことが叶わなくなってしまったこの2年間。この歌の歌詞がより一層心に響いてきた。

 

終演後、高揚感が全くおさまらなくて、ホールのある半蔵門から永田町まで一駅ぶん歩いて、国会議事堂を横目に見ながら地下鉄の駅へと進んだ。

明日からまた日常が始まる。

一人きり、帰り道にかみしめる。

ゆっふぃー、また会いにくるからね。

 

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なお、約1年ぶりの特典会は緊張しまくりで、ライブの感想を伝えることさえままならなかった。そしてそんな久々な私でも覚えていてくれているゆふさんに改めて尊敬と感謝だった。ライブはいいなあ。

おしまい。

 

活あさり

 

一日中家にいる。

一人きりの部屋で、雑にコンテンツを消費して、やるべきことは何も進まない。

そんな日々が続いている。

 

連休に入ったらしい。

ここまで日常と地続きの連休は初めてかもしれない。

非日常の中に生まれた日常に続く、非日常のはずだった日常。

 

 

いくら外出を避けるといっても、そのうち部屋から食料は尽きる。

生きるためには食わねばならない。

ピークタイムを外して、スーパーに行く。

 

鮮魚コーナー。

パックに平たく詰められた「活あさり」。

居酒屋にもいかない今、あさりの酒蒸しが急に食べたくなって、買った。

パックに詰められた活きているはずのあさり、なんだかやけに開いている気がする。

大丈夫だろうか。

食べるのは明日になるし、新鮮に保存する方法を調べる。

 

3%程度の塩水に入れておくと長持ちするらしい。

砂抜きと同じ要領みたい。

ボウルに塩水を用意して、あさりを入れる。

 

殻を開いて苦しそうに見えていたあさりは、一斉に殻を閉じた。

じっと見ていたら、そのうち管を伸ばし、なにがしかを吐いた。

400gのあさりたちが、ボウルの中でしずかに動き、水を揺らす。

あさりは確か生きていた。

 

見つめながら、ふと思う。

今この部屋にひとつ以上の命があるということ。

僕は明日まで、彼らと一緒に暮らすこと。

久しぶりに自分以外の命がこの部屋にある。

言葉にできない、変な気持ち。

 

 

 

 

 

どうやら疲れているらしい。

酒蒸し、うまく作れるといいな。

 

 

 

 

お題「#おうち時間

そろそろ僕のクリスマスにも革命が欲しい

今週のお題「クリスマス」に便乗して。

大学進学に伴いひとり暮らしを始めてからのクリスマスとその周辺の記憶と記録。

 

 

1年目: 記憶なし。twitterを遡ってみたらFacebookで出てきたAmazonの広告に「クリスマスは家でゲーム!」と煽られていた旨のツイートが見つかった。クリスマスに予定がないことがバレている、ともツイートしていたが、まあ別にこの頃はひとり暮らし1年目、焦燥感とかはなかったんだと思うし、特段思い入れもないということが全てを物語っているとも言える。

 

 

2年目: 予定がその日しか空いてなかったのと、コンテンツ性を求めて、表参道の歯医者で親知らずを抜いた。僕の親知らずは真横に生えていて、抜くとき麻酔もあまり効かず、しかも下顎だったので、痛すぎて気絶しそうになったことだけ鮮明に覚えている。というか実際一瞬目の前が真っ暗になった。そのせいで残り3本を抜く勇気が今でも湧かない。当時別のところに引っ越してまもなくで、近くのお店とかもよくわからなくて、最寄りのファミマでチキンと鍋焼きうどんを買って1人で食べた。これもなぜか覚えている。その後何年間かこの年のことをネタとして話していたが別に大してウケていない。

 

 

3年目: 年度はじめに付き合った人と6ヶ月足らずで別れ、相変わらず予定がなかった。当時神保町の古本屋で見つけた盆栽のジオラマみたいなのを作る雑誌に触発されて、サボテンの寄せ植えでも作ろうかと思って渋谷の東急ハンズに行った。当時東急ハンズの最上階とその下でサボテンも土も容器も全部買えたので、行ったり来たりしながらああでもないこうでもないと悩んでいると、金髪の髪の長い女性に話しかけられた。

女性「お兄さんもサボテンやられるんですか」

(サボテンを、やる・・・?)

僕「あ、いや、ちょっと始めようと思って」

女性「そうなんですか、私も興味あるんですけどよくわかんなくて」

お水とかってどれくらいあげればいいんですかね

(なぜ今から始めんとする人間に聞くのか)

僕「どうなんでしょう、まあサボテンですからそこまで気にしなくていいのかなって思ってますけど」

女性「(サボテンというか多肉を指差しながら)これとかってあんまり増えないんですかね?増えたらやだな

(ごめん全然知らん・・・)

僕「なんか株分かれたりしなさそうだから大丈夫なんじゃないでしょうか、あまりわからないんですけど」

女性「株?分かれる・・・?

 (・・・ごめんわからんし説明できんのよ)

僕「たぶん最近流行ってるしネットで調べればいろいろわかると思いますよー」

女性「そうですかー、お兄さんいくつですか

僕「(当時の年齢)歳ですね」

女性「なんだ一個下じゃーん、仕事なにやってるんですか

僕「学生です」

女性「すごーい、学生なのにサボテンやられるんですね」

僕「はあ、まあ・・・。年末年始暇なので・・・。」

 

多少の記憶違いはあるが、強烈な記憶として残っている。

その後お姉さんは夜の闇に消え、僕は家に帰ってせこせことサボテンを寄せ植えた。

僕の怠惰が災いして寄せ植えのうちひとつは早々に枯らしてしまったが、もうひとつは今でも(生きているのかわからぬ状態で)残っていて、それを見るたびその日に思いを馳せるのである。

 

 

4年目: 3年目に起きた諸々の出来事に伴い、気づいたらドルオタになっていたこの年。年始にはアイドル現場をあまり知らなかった私も、クリスマスの頃にはだいぶ染まり、この年のクリスマスは完全にオタクだった

12月24日、私はとあるキッチンスタジオにて、寺嶋由芙さんのオリジナルキャラクターである「だいふく」になぞられて寺嶋由芙さんとそのオタクのみなさんと一緒に大福を作って食べた。当時(今もだけど)知り合いもいないのですごく緊張したのと、なにより普段とは異なり一緒に作業したり話したりできる距離にいる推しにすごく緊張したのを覚えている。お土産やらプレゼント交換やら、充実したイベントだった。ピザの出前を頼んでいる人がいて、こんなに自由で愉快なのかと思った覚えもある。

12月25日はでんぱ組.incのサイン会に向かっていた。当時推しは夢眠ねむさんで、この日は予約したベストアルバムへのサインがもらえた。イベント場所が横浜・みなとみらいだったのだが、当時「逃げるは恥だが役に立つ」が空前のブームを巻き起こしており、劇中に出てきたみなとみらいの街並みを眺めながら写真を撮っていた。そしたらなにやら無性に悲しくなってきて、夜までいたら心がなくなると思ったのでそそくさと帰った。

 

 

5年目: 相変わらず人間関係は芳しくないので、今年も予定がないなあと思っていた。そしたら12月23日にハーフマラソンがあるので一緒に出ないかと先輩に誘われた。昔から長距離走は得意じゃないのだが前年の冬に少し走っていたので、「いけるんじゃないか、ものは試しだ」と思って軽い気持ちでエントリーしたが、マラソン前に全く練習できなかったので、痛い目をみた。

翌日の12月24日、私は全身の筋肉痛に咽びながら、単身有楽町のニッポン放送に向かっていた。中学生のときに爆笑問題カーボーイにハマって以来久しぶりに深夜ラジオの波が到来し、前年くらいからオードリーのANNを熱心に聴き始めていたのだが、そうしたらこの年はニッポン放送の恒例企画「ラジオチャリティー・ミュージックソン」のパーソナリティをオードリーがやるというではないか。しかも公開観覧があるということで、これに行かない手はないと思っていたのだ。僕が思っていたより公開観覧は人気があって(失礼)、ニッポン放送の外にまで列ができていた。観覧ができるスタジオはけっこうな地下にあるようで、階段にズラーっと列ができていて、全身筋肉痛の僕はひいひい言いながら階段を降った。しかも帰りは来た道を登らなければいけないと思うと絶望だった。階段で待っている間に梅沢富美男さんがゲストできていたコーナーが終わってしまい、残念ながら梅沢富美男さんをみることは叶わなかったが、オードリーの2人が目の前でラジオをしているという事実に、えも言われぬ満足感を抱き、募金をしてニッポン放送を出た。生で見る春日俊彰はゴツかった。そのあとペニンシュラ東京のクリスマスツリーの写真を撮って、都会のクリスマスツリーはおしゃれだなあなんて思って、帰路に着いた。

 

 

6年目: 大学の同期と集まることが決まっていたので、謎の作業欲に苛まれ、訳も分からずブッシュドノエルを作ってみんなに食べてもらった。あまりいい出来ではなかったが、喜ばれたので嬉しかった。生クリームの泡だてに、泡立て器がなかったのでわざわざ買いに行った。流石にハンドミキサーを買う気にはなれなかったので頑張って泡だてた。その旨を同期に話したら、「ハンドミキサーを持っていたから言われれば貸したのに、あともう引っ越しに際していらなくなるのであげるよ」と言われた。ということでこの年の年度末、同期からハンドミキサーを譲り受けたのだが、それ以降ケーキを作るメンタリティにはならず、まだ一回も使っていない。

 

 

7年目: 今年。どうにも予定はできない。最近よく一緒に遊んでいたひとにクリスマスの予定を聞いたら「平日だから」と言われた。言葉のまま鵜呑みにするほど鈍感ではない(と思っている)ので、そういうことなのだろう。僕はこれまでのクリスマスを思い返して、ブログを書いた

追記:夢眠ねむさんがバカリズムさんと結婚した。めでたい。 

 

 

メンツが変わらなくても変わりゆく話題にいつかついていけなくなる日が来るのかもしれない。

週末に1人で井の頭公園に行ってきた。

めあては公園そのものではなく、井の頭自然文化園

敷地が広く、のどかで、今となっては珍しい小規模な遊園地もあるこの時期にぴったりの動物園である。

動物園関係者の間では、こんなことがよく言われると以前本で見た覚えがある。

「一般的に人生で動物園に訪れるのは3回。生まれて未就学のあいだ、小学校の遠足、そして、自分が親となり子供を連れていくとき。」

その日、ふと来園者に注意を向けると、立地に足してこの動物園自体の特性も手伝ってか、カップルはちらほら、1人で動物園に来る人間なんてなるほど物好きなようで、確実に親子連ればかりであった。少子化なんて嘘なのではないかと思うばかりに、その場で観測した世の中は子どもであふれていた。

 

 

 

私は今年25になり、一般的な大卒者が社会人3年目となる1年をここまで過ごしてきた。

「社会人3年目は結婚第1波がくるらしいよ。」

晩婚化が進む昨今、そんな言説も今や古しと思っていたが、一観測者の視点からすると確かに結婚に関することをよく見聞きするようになった。

 

友人のラインの名前が変わっている。

インスタグラムで挙式の写真を見かける。(どちらも現代的だなあ……)

 

グラデーション的に起こっているはずなのだが、どれも目立つようになったのは今年の話だ。

それに合わせて、誰からともなく話す話題も変わってきた。

仕事の話、転職の話、そして結婚の話。

久々に会った友人だとしてもこの3つでだいたい話はまわる。

かく言う自分も友人には「このまま今の彼女と結婚するの?」なんて聞いちゃったりして、自分自身にそんな予兆が微塵もないことを棚に上げ、すっかり世代の波に乗ったふりをして、この便利な話題を使っている。

 

 

 

井の頭自然文化園に行った次の日、大学入学前からお世話になっていた大学の一つ上の先輩が、転職の関係で卒業後居住していた関西圏からたまたま東京に来ているというので、東京にいる別の先輩と、同期の4人で会った。

近所に銭湯があるので、銭湯に行こうということになって、銭湯にいった。

この時点で散々話をしていて、そして、話の流れからここでも結婚の話になった。

(関西の先輩:西、東京の先輩:東、同期:同)

同「今の彼女と結婚することを考えてる感じですか?」

西「そうねえ、結婚自体はともかく子どもは欲しいんよなあ」

東「えー、大変だよぜったい。子どももだけど結婚したいと思わんなあ」

僕「個人的には好奇心が勝るんですよね、人が経験することはしてみたいというか」

西「それすごくわかる。だって45くらいで僕らの能力は頭打ちになるわけじゃん?そうなったらもう成長も何もないわけよさすがに。でも奴らは成長するもん、変化がみられる」

僕「そうですよね、変化がないとその先生きていくのはしんどい気もするし」

東「だから別に結婚しなかったら45くらいで安楽死でいいよー」

同「考え方が現代的だ・・・。でもなんか周り結婚して遊ぶ人いなくなると結婚する気になるとかも言いますからねえ」

東「まあそれはあるかも」

 

 

なるほど、男4人でこうして銭湯で話すことも、そう遠くない日に叶わなくなるのかもしれない。ようやく集まった時にはきっと子どもの話なんかしちゃうのかも。

自分が結婚できていなかったら、子どもがいなければ、その話題にはきっとついていけない。

どちらがマジョリティになるのかわからないけど、置いていかれる日がいつか来るのかもしれない。

未来のことは僕にはわからない。ならば、悲観的にならずに明日もまた頑張ろうっと。

 

 

銭湯で話をしている時、僕ら以外には1人おじさんがいるだけだった。

おじさんは、我々の話が漏れ聞こえていたのか、話の区切りに合わせて何度も深くうなづいているようにみえた。

おじさんはこれまでどんな体験をしてきて、今何を思うのか。僕らの話を聞かれるだけなのはフェアじゃない気もして、少し訊いてみたくなった。

 

 

ここはヒューリスティックの街

フィロソフィーのダンスのアルバム「エクセルシオール」の盤が4/5にリリースされた(配信はすでになされていた)。

 

アルバム収録曲である「ヒューリスティックシティ」MVの2番では甲府駅周辺が撮影場所となっている。

いくらか前になるがいくつか回ってきたので備忘録を兼ねて画像をあげておきたい。

それぞれ駅から歩いて回れる範囲なので気になった方はぜひ。

 

ちなみに景観が特徴的なためご存知の方が多いと思うが、1番は清里駅周辺が撮影場所になっている。

 

ヒューリスティックシティ」のMVはこちら。


フィロソフィーのダンス/ヒューリスティック・シティ、ミュージック・ビデオ

 

2:15~ 他

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甲府駅より相生歩道橋前の歩道

 

 

 

2:22

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相生歩道橋

 

 

2:39ごろ〜 他

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相生歩道橋より東に向かう連雀町通り

 

 

 

2:58 他

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銀座通り商店街 MVでは期間限定で藍染め布が飾られている

 

 

3:02~

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甲府駅北口と南口を結ぶ舞鶴通り跨線橋 北口側より

 

 

甲府は、平成が終わり次の時代を迎える今年、奇しくも開府500年を迎える。

平成に別れを告げ、この街はどこに向かっていくのだろう。

私は今のこの街を覚えておこう。

 

 

 

あ、ヴァンフォーレ甲府、J1に戻ってきておくれ。

寺嶋由芙×フィロのス2マンライブと諸々の話

 

音楽はその時の情景や出来事とよくリンクして記憶として残るなあ、と思う。

 

GreeeeNの「ルーキーズ」という曲を聞くと中学の頃部活の大会に遠征した真冬の朝のバスの中を思い出す。

YUKIのアルバム「POWER OF TEN」の収録楽曲は大学の夏休みに初めて車で通ったバイト先への道中を思い出す。

 

 

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大学生活も後半に差し掛かった頃、僕は寺嶋由芙というアイドルを知った。

きっかけ自体は些細なものだったが、それ以降人生で初めてリリース日を追いながら新曲を聞くようになり、僕の記憶における情景や出来事と曲とのリンクは一人のアイドルの新譜を軸に、より強固に維持されるようになった。

 

 


寺嶋由芙 (Yufu Terashima) / わたしになる

「わたしになる」は初めてリリースイベントに行ったアルバムの表題曲で、自身のソロ活動初となるアルバムの発売に関連したワンマンライブにも初めて行った。

僕はその日人生で初めて鶯谷駅に降り立ち、ライブのMCで行われたクイズ大会では、「初めて来た分際で偶然正解を重ねてサイン入りグッズとかもらっちゃったらどうしよう」といういらぬ心配などをした。

また、渋谷で行われたトークイベントでは、(元)でんぱ組.inc夢眠ねむさんがサプライズゲストとして登場し、非常に驚いたのを思い出す。

 

 


寺嶋由芙 (Yufu Terashima) / 天使のテレパシー

「わたしになる」のリリース後1枚目のシングルは「天使のテレパシー」で、僕はなぜか特にお台場ヴィーナスフォートの教会広場で行われたリリースイベントを思い出す。

 

 

途中イベント自体にはほぼ行けない期間もあったが、寺嶋由芙さんの多くの楽曲において関連する記憶が存在する。これは普段日記を書こうと思っても一週間弱で途切れるくせに、時折淡く溶けていく日常に一抹の不安を覚えるようなややこしい属性を持つ僕にとって、すぐに手の届く記憶の引き出しが存在するという、実に嬉しい事実である。

 

 

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寺嶋由芙さんとプロデューサーを同じくし、「天使のテレパシー」の作編曲を行った宮野弦士さんと、そのカップリング曲「みどりの黒髪」の作詞作曲を行ったヤマモトショウさんを楽曲作成の軸に添えた、フィロソフィーのダンスというグループがある。

1年ほど前先輩に誘われてイベントに行ったが、楽曲の良さとメンバーの歌唱力・声質が非常に魅力的なグループで、その後ライブにも行き、度々曲を聴くようになった。

 

2018年12月に発売されたフィロソフィーのダンスヒューリスティック・シティ」は、楽曲に関する細かな意味合いや表現などは僕がここに戯言を記すよりも、作詞作曲したご本人たちがブログ等に記しているのでそちらを読んでいただくこととして*1*2、平成しか知らない僕にとって平成の終わりをくっきりと輪郭づけるような大好きな曲である。

 


フィロソフィーのダンス/ヒューリスティック・シティ、ミュージック・ビデオ

 

 

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そんな2組がそれぞれお世話になった現フィロソフィーのダンスマネージャーさんが卒業なさるということで、それをきっかけとしたツーマンライブが先日行われた。僕にとって願っても無い機会である。

 

ライブは寺嶋由芙、フィロソフィーのダンスの順に行われた。

寺嶋由芙パートでは、今回のライブの主役?でもあるマネージャーさんが以前付いていた時の曲である「ゆる恋」などが当時のエピソードとともにちりばめられながら、先日再結成が発表されたNUMBER GIRLのドラム、アヒト・イナザワさんがリミックスを行ったバージョンの「カンパニュラの憂鬱」も披露されるなど、充実のセットリストであった。また、ライブの最後には4月17日にリリースされる新曲の初披露もあった。

フィロソフィーのダンスパートではマネージャーさんが今聴きたいフィロソフィーのダンスセットリスト、ということでライブが行われた。多くの王道ともいえる曲とともに、前述の「ヒューリスティック・シティ」も聴くことができて、非常に嬉しかった。

最後は寺嶋由芙さんの「ぜんぜん」をコラボし、最終的にマネージャーさん含めた6人で踊る様子を観ることができた。

 

 

ライブ終盤、マネージャーさんが感極まる様子を観ながら、あるいは寺嶋由芙さんのライブ時のMCを思い出しながら、ふと、音楽に携わる、提供する側はそれこそ楽曲とともに記憶を築いていくんだろうなあ、と思った。当たり前のことなのかもしれないが、すごいことだと思った。自分の手で、自分の記憶の引き出しを残せるのか、と。

 

そんなことを思ったこの日のことも、僕はこの日聞いた楽曲とともに思い出す日が来るのだろう。

今後も新曲が僕の中でどんな記憶と紐づいていくか楽しみなので、これは聴き手側のわがままなのだが、楽しく、長く活動を続けて欲しいと思ってしまうのである。

 

 

 

 

二度目の初回

気づいたら開設からだいぶ時間が経ち、卒業も迫っている。

 

もうすぐveteggではなくなるかもしれない。

 

今後書きたいことがあれば書けるように、

とりあえず二度目の最初の記事ということで。